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つむじまがりの神経科学講義 感想・レビュー

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基本情報

著者:小倉明彦(大阪大学名誉教授、専門は記憶の成立機構)

出版社:晶文社

感想

著者と感性が合う方で面白かった。
説明中にガンガン小話や語源情報を入れたり訳注も多くかなり長かったりするのだが、個人的にはこのような思考に近いためとても読みやすかった。
内容も著者の長年の研究生活による、まとまった知識をわかりやすく説明しており、特に第2章に関しては専門のRISE(後述)などの説明は専門だけあって詳しくて面白かった。
かなり面白かったので以下より各章それぞれの感想、自分なりのまとめを書き連ねたい。

それぞれの章の感想・まとめ

第1章 神経系とはなにか

この章は特に個人的に知らないこともあることもあり、最初の「神経系のなりたち」の項がとくに面白かった。

特に神経伝達物質は細胞の部品をほんのちょっと変えたものであるという視点は今まで持っていなかったのでなるほど!と感じた。

「神経伝達物質は細胞の部品をちょっと変えたものである」の具体例(本に記載されていたもの)

  • グルタミン酸、アスパラギン酸、グリシン → アミノ酸(タンパク質の分解散物)
  • GABA、ドーパミン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミン
     → アミノ酸の初段分解散物(1,2ステップ代謝しただけ)
  • アデニル酸、アデノシン → 核酸の分解物
  • アセチルコリン、ステロイド → 脂質の代謝産物

また、脳の分化については「メーキング・オブ・脳」とう洒落た章の名前で小咄たっぷりで解説されておりとてもわかりやすかった。
個人的にこういうのは生物学者が学者の中でも群を抜いてわかりやすいと感じる。
(生物に興味を持っている期間が一番長いとかも関係しているかもしれないが)

活動電位の説明の際にチャネル毒について説明があった。
個人的にフグ毒がNaチャネルに選択的に結合して、神経の伝達を止めるというのは知っていたが、「ブンガロトキシン」という蛇毒はアセチルコリン受容体チャネルに選択的に結合して獲物であるカエルを動けなくして(アセチルコリンは脊椎動物では末梢神経で使われており、筋肉の収縮などに関与する)、文字通り「蛇に睨まれたカエル」にするというのは面白かった。(有名な説明かもしれないが)

ポケモンの強力な技である「ヘビにらみ」は「ブンガロトキシン」によるアセチルコリン受容体を阻害することで「まひ」にしているのだと説明できそう。

この章では活動電位やシナプスについての説明がされるのだが、単細胞生物から進化する際にどのような特徴が神経細胞に利用されているのか説明されていてその点でも面白かった。本書を通して進化から見た視点の説明はあるのだが、個人的にはこれは本当にわかりやすくて良いと思う。

第2章 記憶のしくみ

この章は筆者が自分でライフワークと行っている記憶についてがっつり説明されている。
おそらく、バランスとしてはとても偏っていると思うが、生きた経験による説明で読み応えがあってよかった。

前半部分では記憶に必要な可塑性の説明がされる。
この本では三段階あるとされていて、これをまとめると以下のようになる

可塑性(記憶)の階層

PPF/PTF (Paired Pulse Facilitation/Post Tetanic Facilitation)

日本語に訳すと「対刺激促通、連続興奮後促通」。

現象:プレ細胞を短い間隔で2回またはそれ異常刺激すると、ポスト細胞の反応はあとの方が大きくなることある現象。
仕組み:プレ細胞において短い間隔で刺激が来ると、前回入ったカルシウムがまだ排出されきっていないため、伝達物質の放出量が増える。

LTP (Long Term Potentiation)

日本語に訳すと「長期可塑性」だが、後述のさらに長期の可塑性があるため単に「可塑性」と呼ばれることも多い。

現象:高頻度刺激を加えると、その後の刺激に対する応答が大きくなる現象(時間は大体)
仕組み:高頻度刺激によって、NMDA型グルタミン酸受容体を通ってポスト細胞に流れ込むカルシウムイオンが、カルモジュリン依存性タンパクキナーゼという酵素を活性化し、その結果AMPA型グルタミン酸受容体という伝達物質受容体チャネルの数が増えるため、1回1回の刺激への応答が大きくなるという仕組み

RISE (Reptitive LTP Induced Synaptic Enhancement)

なんと著者(日本人)らが発見したというのに日本語訳はない。。
海馬の培養神経で確かめられた結果なので、生体で起きているのは確認されていないが著者は生体だとフィードバックなどがある関係上調べるのは大変と述べている。(ちょっと語弊あり)

現象:LTPを時間間隔(3~24時間)を空けて3回以上行うと、その後でゆっくり(7日程度)結合の強化が起きる
仕組み:LTPによってシナプスの新生と削除のゆらぎが大きくなり、それが多い状態で固定される。つまり結論としては一つのシナプスにおける伝達効率があがるのでなくシナプスの数が増えることで一時的でなく長期的に伝達効率が上昇するという仕組み

私も神経の研究をしていたので、シナプス可塑性については結構調べていたのだが、RISEは知らなかった。少しググってみたところ、著者らのグループ以外での論文や研究はみられなかったのであまり広まってはいないらしい。

なぜカルシウムイオンなのか?

このようにカルシウムイオンはシナプスにおいて重要な働きをしていて、ほかの部分でも重要なはたらきをしており生物にとって大切なミネラルになる。
これについて著者は「カルシウム塩はナトリウム塩、カリウム塩と違い、水に溶けにくいため、利用しやすいかつ海水に豊富に存在するため」と述べていてなるほどなと感じた。
(ただ、鉄も上記の条件を満たすが使われなかったのはわからないと述べていた。鉄は脊椎動物ではヘモグロビンで重要だが、無脊椎動物は銅を血液に使っている)

後半部分では長年の研究による著者の「記憶のしくみ」の全体像の予想が行われている。
これも実際に研究をしてきた著者ならではで面白く、人間の脳領域を図示した「記憶回路についての試論(p196)」が興味深かった。(気になった人にはぜひ本書を読んでみてほしい。)

第3章 記憶の異常

人間の研究は生体実験ができないので、主にある部位に疾患がある患者の症状を用いて研究される。
この章ではその疾患がどのように説明できるかを行って、今までの解説を具体的なものに結びつけている。第1、第2章に比べると重要度は下がると思うが、第1、2章を理解を深くするにはとても良い章だったと思う。
また、アルツハイマー病はまだ全然解明できていないのだなというのがよくわかる。
そして、よく言われているが抗う唯一の策は「運動」である。

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